みどころ
今やすっかり浸透している「ドキュメンタリー」という存在について、一度考え直してみませんか?「戦時期」と題した特集ですが、わかりやすい戦争プロパガンダの作品は一つもありません。上映する17本のどれもが複雑な思いや背景のもと、個性的な題材を取り上げ、幅広い技法を模索したものばかり。有名な『機関車C57』『小林一茶』『或る保姆の記録』はもちろん、『知られざる人々』『炭焼く人々』『土に生きる』『石の村』といった珍品(?)も必見。その作り手たちが触発されていたイギリスやソ連の古典ドキュメンタリー作品群と見比べてみるのも一興です。まずは五つのセクションの中から、気になるテーマを選んでみてはどうでしょうか?
国立映画アーカイブとの共催で、ほとんどの作品の希少なフィルムプリント上映にこぎつけました。美術館の一角に出現する即席映写室も見どころかもしれません。さらに、13日のサイレント作品『流網船』と『トゥルクシブ』は、山形在住の作曲家・鈴木崇さんのバイオリン生伴奏付きで上映!ライブ感覚で楽しんでください。より思索を深めたい方には、マーク・ノーネスさん、フィオードロワ・アナスタシアさん、岡田秀則さんのトークをおすすめします。
そして結局、当時の「ドキュメンタリー」とは、「現実の創造的劇化」とは何なのか?それはぜひ、皆さんの目で確かめてください。きっと現在につながるものが見えてくる、映画祭30周年にドキュメンタリーの原点に立ち返る特集です。
労働を綴る
Depicting Labor
『流網船』Drifters
監督、編集:ジョン・グリアスン/イギリス/1929/48分[20fps]
「ドキュメンタリー」という言葉を世界的に広めたイギリス・ドキュメンタリー映画運動の立役者、ジョン・グリアスンによる代表作。従来の劇映画が扱わなかった労働の現場に目を向け、近代漁業に携わる人々の姿を生き生きと描き出した。一連の漁獲作業のみならず、漁船のメカニズム、漁師たちの衣食住、水中の魚や上空の鳥、嵐の襲来などの種々の要素を巧みに織り交ぜている。水揚げした魚の売買といった交易活動までを労働の一環として語るアプローチは、その後のドキュメンタリー映画で大いに参照された。
『炭焼く人々』People Burning Charcoal
構成:渥美輝男/日本/1940/19分
東北の冬の山村、昔ながらの炭焼き暮らし。かまど用の石集めに始まり、木炭が出来上がり、売られてゆくまでの過程を丁寧にたどるなかに、火加減を見つめる男のクロースアップや雪原を進む者たちのロングショットが挟まり、詩情を添える。わずかに得た収入で食糧品などを求めるやりとりも同時録音で収められている。作者の渥美曰く、「現実に働く人々の演技」を求め、現地で出演者を探した。猛吹雪に襲われる終盤のシーンではそうした「演技」が発揮されている。
『和具の海女』The Ama Divers of Wagu
演出:上野耕三/日本/1940/25分
元プロキノ(日本プロレタリア映画同盟)の上野が、映画批評活動を経て制作現場に復帰した第一作。三重・志摩半島の和具町に暮らす海女たちのたくましい働きぶりを丹念に描く。当時の最新技術による自在な水中撮影と、そこに映し出された海女の伸びやかな身体が、ひときわ目を引く。彼女たちのリラックスした表情や浜辺の賑わいも、現場音を取り入れながら印象的にとらえている。と同時に、女性労働の苛酷さをも伝える。
土地と鉄路
Land and Rail
『トゥルクシブ』Turksib
監督:ヴィクトル・トゥーリン/ソ連/1929/74分[18fps]
革命ソ連の一大事業であったトルキスタン・シベリア鉄道の建設計画を、壮大なスケールで語った長篇。中央アジアを見舞う旱魃、停滞する綿花産業、ラクダ頼みの荷物運搬といった厳しい現実をじっくり提示してから、測量隊の登場を経て、その一切を解決する鉄道建設へとたたみかけていく。1930年前後の日本で公開された数少ないソ連作品であり、後に文化映画界に集った作り手たちが「理想」として繰り返し参照し、イギリスではグリアスンが自ら英語版の挿入字幕を作って上映した。無声ドキュメンタリー映画の一つの到達点。
『白茂線』Hakumo-sen
演出:森井輝雄/日本/1941/21分 ※不完全版
日本統治時代の朝鮮総督府が現在の北朝鮮に敷設した「拓殖鉄道」白茂線。その周辺住民の生活と季節ごとの風景をスケッチする。ケシ栽培、木材産出、筏による川下り、ガソリン車が届ける食糧配給、吹雪の中の鉄道運行……。現存するバージョンは、編集がたびたび不自然に途切れることから、不完全版と考えられる(1941年の広告では4巻もの[40分前後]と記載されている)。冒頭で「大東亜戦」への言及があるため、太平洋戦争開戦後に公開されたと推測される。
現場の呼吸
The Pulse of the Workplace
『造船所』Shipyard
監督:ポール・ローサ/イギリス/1935/24分
1930~50年代を通じて日本の記録映画業界で広く読まれ論じられた書籍『Documentary Film』(厚木たか訳、当初の邦題は『文化映画論』)の著者であるポール・ローサが、客船・造船会社の出資で手がけた監督作。イギリス北部の造船の町を舞台に、巨大客船が造られるまでの9ヶ月の工程を追う。ソ連アヴァンギャルドの影響を感じさせるモンタージュと全篇にわたって響くドリルや旋盤などの機械音が、近代産業のスペクタクル性と労働者階級の地道な現場、その双方の描写を両立させている。
『機関車C57』Locomotive C57
監督:今泉善珠/日本/1940/45分
当時の旅客用蒸気機関車の代表格「C57型」にフォーカスを当て、堂々たる躯体そのものと機関士たちの仕事ぶりを4部構成でとらえる。車庫内での定期車体検査、投炭練習を中心とした機関士養成訓練、運行前後の念入りな整備作業、そして鉄路をひたすら驀進する機関車。最終部では、車体の上にも横にも据えられたカメラが、現地録音とあいまって、迫力ある臨場感を生み出している。水戸・高崎機関区に半年ほど通って行われた撮影には、現場の機関士たちも積極的に協力したという。
『知られざる人々』Unknown People
監督:浅野辰雄/日本/1940/12分
東京中心部の下水設備で働く人々にカメラを向け、ナレーションを加えずに現場音と合唱の歌声で語らせた異色短篇。困難な撮影条件のなか、下水道内部に映える陰影や、労働者の表情を切り取ったクロースアップ、生々しく響く作業音など、実験的な技法が盛り込まれている。地面の下の「知られざる」労働に携わる人間を凝視する姿勢に、左翼運動出身の浅野の信条が垣間見られる。
言葉・響き・リズム
Words / Sound / Rhythm
『石炭の顔』Coal Face
監督、音響監督:アルベルト・カヴァルカンティ/イギリス/1935/11分
フランスでアヴァンギャルド映画を手がけていたカヴァルカンティがイギリス・ドキュメンタリー映画運動に加わり、当地の石炭産業を紹介した短篇。既存の撮影フッテージを多用し、そこに若き日の作曲家ベンジャミン・ブリテンによる音楽、新進詩人W・H・オーデンが筆をとった詩文の朗読が組み合わされる。リズミカルな詩・ピアノ・歌声と映像のモンタージュとが折り重なり、炭鉱夫たちの働きぶりや重機のメカニズムが重厚に表現される。
『夜行郵便』Night Mail
監督:ハリー・ワット、バジル・ライト/イギリス/1936/24分
ロンドンとグラスゴーを行き来して郵便物を運ぶ夜行列車と、それに従事する人々を描いたイギリス・ドキュメンタリー映画運動の代表作の一つ。緻密な構成をもとにカット割りがなされ、セット撮影まで含まれているように、劇映画の手法が多く取り入れられているが、出演しているのは実際の郵便局員たちである。走行中の列車から郵便荷物を落下させる仕組みに焦点を当てつつ、最後はテンポよく朗読されるオーデンの詩で締めくくられる。『石炭の顔』のブリテンとカヴァルカンティが本作の音楽・音響にも携わる。
『信濃風土記より 小林一茶』Kobayashi Issa
演出:亀井文夫/日本/1941/27分
ご当地出身の俳人・小林一茶の句を巧みに織り込みながら、厳しい自然環境におかれた庶民の暮らしの実態をあぶり出す。演出の亀井文夫が前作『戦ふ兵隊』(1939)の上映禁止を経て、長野県の観光事業を紹介する「信濃風土記三部作」の一篇として手がけた。風光明媚な棚田、人で賑う善光寺、富裕層の集まる軽井沢といった光景の内実を、一茶のわびしい句、夢声の諧謔味あるナレーション、そして入念なモンタージュによって変転させている。その批判性の強さが問題となり、文部省から「文化映画」に認定されなかった。
『石の村』Village of Stone
監督、構成:京極高映(京極高英)/日本/1940/10分
栃木県城山村(現在の宇都宮市)の特産品である大谷石を採掘する人々を描く。ダイナミックな現場に合わせた臨機応変なカメラワークと、石に打ちつけるツルハシの乾いた響きや、軽快に流れるピアノの音色とが調和している。巨大な地下採掘場では撮影用ライトの電源が使用できず、発炎筒を照明代わりにしたため、苦心を重ねたという。戦後にわたって長らく活躍した京極が、家族総出で勤しむ地場産業のありようを浮かび上がらせた初期作品。
『土に生きる』Living by the Earth
演出、撮影:三木茂/日本/1941/9分 ※不完全版
劇映画のキャリアを経て東宝文化映画部の名カメラマンとして知られた三木が、初めて演出まで担った一作。民俗学者・柳田國男に指南を仰ぎ、1年ほどかけて秋田県下の農村の生活風俗を記録した。完成時の長篇6巻(60分前後)のうち、現存するのはわずかな部分だが、盆踊りや民謡の豊かな音色が響き、農民たちの米作りの手さばきが丁寧にとらえられ、広大な田園風景が空撮をまじえて収められている。三木は最晩年にも柳田民俗学をテーマとした作品に取り組んだ。
生活を撮る
Filming Life
『住宅問題』Housing Problems
監督、製作:アーサー・エルトン、エドガー・H・アンスティ/イギリス/1935/15分
ロンドンのスラム街の劣悪な居住環境を次々と明るみに出し、さらにその解決策としての住宅整備を提案する。住民たちがカメラとマイクに向かって自らの意見を語るという、今日では常套的なインタビュー形式の原型と言える手法を採っているが、出演者たちは一定の指導を受けたうえで撮影に臨んだという。模型を用いた建築計画の解説も挟みつつ、ラストは赤ん坊も老人も犬も猫も集まる路地裏の光景に、実情を訴える住民たちの声が重なる。住宅整備をつうじたガス利用の普及を見込んだ業界団体が出資した。
『医者のゐない村』Village Without a Doctor
監督:伊東寿恵男/日本/1940/13分
岩手県の山村にカメラを持ち込み、無医村の深刻な実態を直截に伝えながら、巡回診療班の活動を紹介した一作。都市部の最新の病院施設と前近代的な農村の家々や病人たちとの対比、そうした村の窮状を救うべく登場する診療班の描写など、明瞭な語り口が展開される。終盤では、病に伏せる老若男女のクロースアップに字幕を重ね、巡回だけでは未だ不十分と訴えかけたのち、村民自身による診療所の設置を提言する。監督の伊東は戦後すぐ、『広島・長崎における原子爆弾の効果』(1946)の制作に携わった。
『農村住宅改善』Renovating Farm Houses
監督:野田真吉/日本/1941/20分 ※戦後公開版
民俗学・建築学者の今和次郎(作中に出演)が取り組んでいた農村住宅の改善運動を題材に、東北地方の農家の住居にみられる問題点をつぶさに指摘し、具体的な改善策を示している。家の間取り図を用いたアニメーションによって、主婦の朝の仕事における動線の無駄を明らかにしていく中盤のシーンは斬新で、戦後に個性的なドキュメンタリーを次々と手がけた野田の傾向がすでに見てとれる。現存するのは戦後公開版で、冒頭とラストの各1分半ほどのシーンと全篇にわたるナレーションはそのさいに追加されたと推察される。
『或る保姆の記録』Record of a Nursery
監督:水木荘也/日本/1941/35分 ※戦後公開版
東京の工場街にあった戸越保育所の先進的な取り組みを保姆の視点で描き、子どもたちの自然な姿をありありと活写した一篇。脚本と構成を担った厚木(ローサ著『Documentary Film』の邦訳者)によれば、保姆たちと交流を深めた結果、彼女らも撮影現場で「スタッフの協同者」として積極的なシーン作りを引き受けたという。演出の水木も柔軟なカメラワークと同時録音を駆使し、花壇作り、歌あそび、給食、運動会といった、保育所の日々の営みをすくい取った。戸越保育所の設立者が芸術映画社の代表・大村英之助の妻の鈴子であったことも製作の背景にある。6巻(60分前後)の長篇だったが、現存するのは戦後の短縮版のみ。