みどころ
“AM/NESIA”とは━━
記憶喪失や健忘症を意味する「AMNESIA」という単語に “nesia”(島)の意味を込めて、“もうひとつの忘れられた地理としての太平洋諸島”という意味の造語。
かつて日本および米国に支配を受け、地球上で最も植民地化軍事化の進んだ地域の一つであるオセアニアの島々を中心に、映画を通して日本とのルート(経路)とルーツ(起源)を探る。
今回の特集では、<土地(ランズ)>、<身体(ボディーズ)>、<交差(クロッシングス)>、と3つのテーマを設けて作品を上映。
<交差(クロッシングス)>で上映する『海の生命線 我が南洋群島』(1993)は、軍国化を進める日本が、南洋群島と呼ばれた島々を統治する過程を描き、島がある種ユートピアとして映し出される文化映画としても魅力的な一作。サウンド付きの完成版は日本初上映。
<土地(ランズ)>では、人々のアイデンティティの起源となる土地が如何に剥奪されてきたかをマーシャル諸島の作品を中心に辿る。
2014年にニューヨークで開催された国連機構サミットの開会式で披露したポエトリーリーディングで喝采を浴び、国際的認知を得て活動の場を広げている、マーシャル諸島出身の気候変動活動家であり詩人アーティストのキャシー・ジェトニル=キジナーをゲストに迎えたイベントも開催。
これまで67回の核実験が行われたマーシャル諸島の現状を、新作『立ち上がって 島から島へ』(2018)では、沈みかけている島マーシャル諸島と、氷河が溶けて島の存続が問題のグリーンランドについて、2人の詩人キャシー・ジェトニル=キジナーとアカ・ニワイアナが、“詩”を通して交流する感動的な一作。
<身体(ボディーズ)>では、物理的な身体と、自分たちのアイデンティティが植民地主義や軍国主義によって如何に消失させられたかを映し出す作品を上映。
『戦場の女たち』(1990)では、第二次大戦中、性的搾取された女性たちの心の傷とトラウマに苛まれながら生き続けることへのインタビューに加え、当時島に従軍していた日本軍兵士にもインタビューを敢行。昭和天皇が崩御した1989年に作品が完成してから30年が経つ。
短編集(リーフ・リールズ)1では、グアム、マーシャル諸島を中心に文化伝統の記憶と忘却をめぐる作品を6作品上映する。
短編集(リーフ・リールズ)2では、ジェンダーとアイデンティティにフォーカスした4作品を上映。クイアアートのコレクティブFAFSWAGがダンスと言葉でクイア性の解放を表現する『タマトア』など3作品を上映。
<交差(クロッシングス)>
『海の生命線 我が南洋群島』Lifeline of the Sea
撮影総指揮:佐伯永輔/日本/1933/72分
戦前期に大日本帝国海軍の肝いりで製作されたこの国策映画は、かつて日本がオセアニアへの入植を積極的に行っていた事実がありながらも長らく忘れ去られている、あの時代のことを想起させる。かつて南洋群島(南洋諸島委任統治領)と呼ばれ、現在はパラオ共和国、北マリアナ諸島自治連邦区、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国として知られる国や地域における、日本人の入植から太平洋戦争勃発へと、軍国化の一途をたどってゆくまでの過渡期の様子が、本作では描かれている。島々の描写が楽園から戦場へと徐々に変化するにつれ、映画のトーンもまた、ユートピアめいた光景が影を潜め、次第に国粋主義的な熱を帯び始める。YIDFF ʼ91では32分サイレント版が35mmで上映されたが、今回はサウンド付きの完全版を16mmで上映する。
『潮の狭間に』Between Tides
監督:フォックス雅彦/日本、アメリカ/2018 /87分
第二次世界大戦後、米施政下に置かれ、1968年に日本に返還された小笠原諸島。別名ボニン諸島。17世紀頃から続く欧米諸国や太平洋諸島の人々による入植の歴史によって、多様な出自をもつ島人たち。なかでも返還時に青少年期だった欧米系の住民は、日米の政策に翻弄された。人々の率直な語りから、葛藤を抱えて生きてきた彼/彼女らの人生を紐解き、知られざる小笠原諸島の一面を照射する。
『トーキョー・フラ』Tokyo Hula
監督、製作:リゼット・マリー・フラナリー/ハワイ[アメリカ]/72分
かつて行われた日本本土や沖縄からハワイへの移住は、日本とオセアニアを歴史上はじめて有意義なかたちでつないだ架け橋のひとつだった。日本はミクロネシアを正式に植民地とし、戦時中、他の多くの島々に侵攻したわけだが、日本人が南洋に対し抱くロマンティックな欲望のシンボルは、あくまでハワイの文化であり続けたのである。なかでもフラは、太平洋を越えて日本へと渡り、ハワイアン・フラダンスの講師にとっては、熱帯に逃避したい多くの日本人の欲望を体現する割のいいビジネスとなっている。本作では、フラがこうした矛盾を抱え複雑に絡み合いながら、ホノルルから東京、そして震災後の福島へと海を越えていく経路を辿る。
<土地(ランズ)>
『核の暴虐—機密プロジェクト4.1の島々』Nuclear Savage: The Islands of Secret Project 4.1
監督:アダム・ジョナス・ホロヴィッツ/マーシャル諸島、アメリカ/2011/87分
1946年6月から1958年7月にかけ、マーシャル諸島北部の環礁群は、数にして67回、広島型原爆が一日にひとつ落とされるにも匹敵する核実験による被曝に見舞われた。なかでもアダム・ジョナス・ホロヴィッツが精査するのは、爆発の威力がもっとも強く、日本でも漁船「第五福竜丸」が被曝したことでよく知られる、アメリカの「ブラボー実験(キャッスル作戦)」がもたらした影響である。放射性降下物の人体への影響をめぐるアメリカの研究「プロジェクト4.1」を調査する本作品は、生存者の証言や反核運動のみならず、危険なまでの放射性降下物に曝されたロンゲラップ環礁において、マーシャル人の土地と身体にもたらされた被害が「不慮の事故」であるとする、アメリカ国内の否定論にも焦点を当てている。
キャシー・ジェトニル=キジナー作品集
マーシャル諸島の詩人・アーティスト・環境活動家であるキャシー・ジェトニル=キジナーは、優れた先見性のある若きリーダーとして、これまで作品を通じて太平洋地域の若者たちを鼓舞し、この地域の人々が直面している課題を世界に広める役割を担ってきた。2014年に国連気候変動サミットの講演者に選ばれて行った詩のパフォーマンスが各国指導者からスタンディングオベーションで迎えられたことに後押しされ、活動を展開している。気候変動を食い止め、核の遺産への意識を高めよう、そしてまたマーシャルをはじめとした太平洋の島々の住民のために、正義を勝ち取り癒しを与えようと奮闘する彼女は、そうした声を怯むことなく発信しつつ、世界各地で映像詩やアート、パフォーマンスの制作を続けている。
『ねえ、マタフェレ・ペイナム』Dear Matafele Peinam
監督:キャシー・ジェトニル=キジナー、ナタリア・ヴェガ=ベリー/マーシャル諸島、ハワイ[アメリカ]、アメリカ/2014/3分
『かごから落っこちた島々』Islands Dropped from a Basket
監督:キャシー・ジェトニル=キジナー、ラッセル・トゥーラグ、ユウ・スエナガ/マーシャル諸島、アメリカ/2017/5分
『聖なる力』Anointed
監督:キャシー・ジェトニル=キジナー、ダン・リン/マーシャル諸島、アメリカ/2018/6分
『立ち上がって 島から島へ』Rise: From One Island to Another
監督:キャシー・ジェトニル=キジナー、ダン・リン/マーシャル諸島、カラーリットヌナート(グリーンランド)[デンマーク]、アメリカ/2018/7分
『アノテの箱舟』
監督:マチュー・リッツ/キリバス、カナダ/2018/77分
地球温暖化による海面上昇のために国土を失いつつあるキリバス共和国。国民から愛されているアノテ・トン元大統領は、現状に大きな危機感を募らせ、国際社会に現状を訴える傍らで国民の移住計画を模索する。一方、ニュージーランドへの移住権を得た6人の子を持つ若き母サーマリーの葛藤も描かれる。広大な太平洋に位置する国家の危機は、私たちと決して無関係ではないことを静かに力強く訴える。
<身体(ボディーズ)>
『戦場の女たち(英語版)』Senso Daughters (International Version)
監督:関口典子/オーストラリア、パプアニューギニア、日本/1990/54分
戦時中、兵士の「慰安」のために女性たちを性奴隷とした日本の行為は、アジア太平洋全域にまで及ぶものだった。1980年代の終わり、戦中にその地位にあった昭和天皇(裕仁)が歿して間もない時期に撮られたこの作品は、太平洋戦争初期に日本の侵攻によって地元住民に甚大な被害をもたらしたパプアニューギニアを舞台に、島民女性たちがトラウマに苛まれながら回想し、かつてこの地で組織的に行われた性暴力を描き出す。本作が作られた平成のはじめには、暴掠の限りを尽くした加害者も被害者も存命中で、そうした暴力を記録する時間も残されていた。今日この映画を観ることは、新たな世代の人々にとって、令和という新時代における忘却と歴史修正主義を超え、その先を見通す一助となることだろう。
『島の兵隊』Island Soldier
監督:ネイサン・フィッチ/ミクロネシア連邦、アメリカ/2017/85分
「太平洋の宝石」とも呼ばれるミクロネシア連邦のコスラエ州(島)では、多くの島の若者たちが、米軍への入隊を選択している。第一次大戦後、日本の施政下に置かれ、太平洋戦争では戦渦を受け、戦後は米施政下に置かれたミクロネシア。1986年に独立を果たすも、アメリカとの防衛協定のために本土を上回る高い入隊率を維持してきた。イラクやアフガニスタンへ派兵される島の住民と家族の姿をアメリカ人監督が丹念に追う。米軍家族の直面する悲しみや矛盾する現実に立たされる姿が胸に突き刺さる。
『遠く離れて』Out of State
監督:シアラ・レイシー/ハワイ[アメリカ]/2017/82分
米アリゾナ州の砂漠に立つ刑務所のなかで、力強いフラを踊るハワイ出身の受刑者たち。ハワイの刑務所が過密状態となったため、故郷から何千マイルも離れた場所に送られた彼らが、自分たちの伝統文化を再発見し、互いに結束を強める。刑期を終え、保護観察となったデイヴィッドとヘイルは、帰国して新しい生活を始めるが、貧困や家族の葛藤に直面することとなる。ハワイの現実に向き合い、観光地や癒しの島というイメージとは対極にある一面を描き出す。
『クム・ヒナ』
監督:ディーン・ハマー、ジョー・ウィルソン/ハワイ[アメリカ]/2014/77分
植民地化によって変化したのは土地だけではない。そこに住む人々の身体もまた変容を余儀なくされた。とりわけ、植民者が押しつける性別二元性に値しないアイデンティティを持つ人たちやその歴史は、無視されてきた。フラをはじめとしたハワイの伝統文化の師範であり、先住民コミュニティの指導者として尊敬を集めるクム・ヒナの内からみなぎる力は、周囲にも影響を及ぼしている。第3のジェンダー「マーフー」として中間のどこかに男性・女性、いずれの精神をも宿すクム・ヒナは、住民や土地と調和して暮らしていくのに欠かせない実践と知識それ自体を消し去ろうとする、植民地時代の還元主義的な教えを覆していくことで、ハワイを癒していくのである。
短編集(リーフ・リールズ) 1
本特集ではさらに、周辺地域も含むオセアニアの短編映画をふたつのプログラムに分けて上映する。短リーフ・リールズ編集1では、現代のオセアニア北部における記憶と忘却をめぐる、世代や国を超えた挑戦をテーマにした作品上映、ディスカッションに加え、レニ・レオン、クレイグ・サントス・ペレス、マリキータ・デイヴィス、ジャック・ニーデンタール、そしてフィルム・コレクティヴのMighty Islandといったアーティストらによる短編作品群も併映する。
『オセアニア讃歌』Praise Song for Oceania
監督:ジャスティン・アー・チョン/ハワイ[アメリカ]/2017/5分
『マゼランはここの住人ではない』Magellan Doesn’t Live Here
監督、脚本:マリキータ・デイヴィス/グアハン(グアム)[アメリカ]/2017/21分
『POW! WOW! グアム:ありのまま』Pow! Wow! Guam: Naturel
監督:カイル・ペロン、ニコ・セルネオ/グアハン(グアム)[アメリカ]/2017/2分
『イ・マタイ(死体)』I Matai “The Dead”
監督、編集:カイル・ペロン、ニコ・セルネオ/グアハン(グアム)[アメリカ]/2016/10分
『ナナの言葉』Nana’s Words
監督、脚本、編集、製作:レオナード・“ レニ”・レオン/グアハン(グアム)[アメリカ]/2012/7分
『草履』Zori
監督、製作:ジャック・ニーデンタール、スザンヌ・チュタロー/マーシャル諸島/2013/9分
短編集 (リーフ・リールズ) 2
短編集 (リーフ・リールズ) 2は、脱植民地化を背景にしたジェンダーとアイデンティティの問題に焦点を絞り、トンガにおけるジェンダー・マイノリティ差別を描いた短編『レディ・エヴァ』、またニュージーランドを拠点とするクイア・アート・コレクティヴ「FAFSWAG」の3作品を上映する。
『レディ・エヴァ』Lady Eva
監督:ディーン・ハマー、ジョー・ウィルソン/トンガ、アメリカ/2017/11分
『タマトア』Tamatoa
監督、撮影:タヌ・ガゴ/アオテアロア[ニュージーランド]/2017/8分
『装置』Apparatus
監督、編集、録音:タヌ・ガゴ/アオテアロア[ニュージーランド]/2018/19分
ファーゴゴ(寓話)Fagogo
監督:パティ・ソロモナ・ティレル/アオテアロア[ニュージーランド]/2016/9分