10月11日、13日にバフマン・キアロスタミ監督の『エクソダス』が上映されました。上映後の質疑応答にはアナンド・パトワルダン監督も積極的に参加するなど、お二人の自由闊達な意見交換は上映後の熱気をさらに高めるものになりました。今回はその会場での質疑の様子を一部ご紹介します。
——撮影の許可はどのように取れたのでしょうか?
キアロスタミ:政府の内務省から許可を取りました。自分でも許可を取れたことに驚いています。昨年のイランは、経済制裁やインフレなどアウトオブコントロールな混沌とした状況で、その中でもイランの労働力を支えるアフガニスタン人たちの流失は問題です。今年の1月、2月あたりからはコントロールできる状態になっていますが、もし今政府に撮影の許可を取ろうとしたら無理かもしれません。
——イランでの反応はいかがでしたか?
キアロスタミ:イラン唯一のドキュメンタリー映画祭で賞をいただきました。しかし議論の声も同時に上がり、1つは現実が誇張されているのではという点。そしてもう1つは、劇中登場するアフガニスタン人たちのキャラクターたちを見て、イランの底辺層にいる人々というステレオタイプ化を印象付けることになるのではないかという点でした。今イランには300万人ほどのアフガニスタン人が住んでいます。特に第二世代の人々は自分のアイデンティティの模索というディアスポラの問題を抱えているでしょう。
——タイトルにもなっている『エクソダス』の着想はどこから得たのですか?
キアロスタミ:実はラフカットの時点では『The Return』というタイトルでしたが、妻に10回目くらいのラフカットを見せた時「聖書の出エジプト記を想起させるわ」と言われ自分自身も同様に感じ、さらにボブ・マーリーの「エクソダス」が劇中の音楽として使うことにもつながりました。
移民であるアフガニスタン人たちと、帰還センターの役人たち、双方の視点から問題が語られていた本作ですが、アフガニスタン人たちを追った写真集の編集なども行っているキアロスタミ監督。最後に映画の一本の柱について語ってくれました。
キアロスタミ:自分の国に移民が来ることによる影響は経験することがあると思うが、〈去る〉というアクションはあまり経験することがないのではないでしょうか。そこで生じるのは「なぜ移民は我々の国を去るのか。我々の国に何か問題があるのだろうか」という疑問です。この疑問が映画の一本の柱になっています。